自己犠牲とは

自己犠牲とは

あなたは自己犠牲をしていませんか?

以前の私は、自己犠牲を沢山してきました。
ボランティアで、色々なことをしてきました。

それが美徳とも思っていました。
『貢献』という言葉さえ使って
自分を正当化していました。

自己承認ができず、
自己価値を自分に感じられないので、
人を通して自分を認めてもらおうとしていたのです。

人に尽くすことで、
相手の「役に立つこと」で
自分の価値を上げよう
としていたのです。

目次

人の役に立たなければ…

その根底には、

「人の役に立たなければ、私には価値なんてない!」

という考えに、はまっていたのです。

尽くすという行為の中で実は「取り引き」
が行われています。

「私はあなたに尽くすから、
あなたは私を受け入れて(認めて)下さい!」
とね。

私が他人をコントロールして
欲しいものを得ている。

でも、まさか私がそんな人だとは
思われたくないので
「貢献」的な「尽くすこと」に
見せることができたら、
自分の心の中では、
成功だったわけです。

行動の動機が【痛み】の場合

でも、
行動の【動機が痛み】の場合
結果が(自分にとって)痛みで終わります。

過去にとらわれてうなだれる女性イメージ

私は何年もソコに気づけませんでした。
その痛みが起きた理由が。

ずっと、
私が与えた人のせいにしてきましたが
人のせいにするのを辞めた時に気づけた
のです。

『貢献だ』と言いつつ、
「無償の愛の行為」
ではなく交換条件を使った
「取引行為」
だったことに。

取引行為だったから…

人型の絵と人型の絵が握手している

ただ、
条件や取引もなく与えている時は、
傷つくということはありません。

傷つくということは
気づかれずに(笑)

相手から何かを
「得よう」としていたからです。

「~してあげたのに」

という言葉を
私は以前使っていましたが、
この裏には要求がありました。

また「取引行為」には
依存が起こりやすいです。

依存が起きていた場合、
復讐行為に発展しやすいです。

「復讐」に意識を注ぎ込むと、
自分の傷を見ないように
意識をはぐらかすことができます。

「自分と向き合うこと」を先延ばしにできるため、
自己回復が難しくなっていきます。

自己犠牲

取引行為

自己犠牲

取引行為

自己犠牲…

というパターンを繰り返してはいませんか?

自己犠牲は取引行為

自己犠牲は取引行為です。

少しずつでも意識して止めて、
自分と向き合い、
自己回復につとめられたらいいですね。

もし
「私にはできな~い」「簡単にはできな~い」
と思われたら、ご連絡下さい。

私がセッションにて、その感情を手放すサポートをしますから。

自己犠牲とは

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