親の過保護と過干渉に苦しみ、自分の人生を生きられるようになりました【新潟県|20代女性】
新潟県|20代女性|N様の体験談
母の言うことを聞けない私は、親不孝だと思っていました
私は一人っ子で、
小さい頃から母と二人で
過ごす時間が多くありました。
でも、私の人生を決めるのは
いつも母でした。
・着る服
・持つ物
・遊ぶ友達
・進路
何もかも、母が決めていました。
母はいつもこう言っていました。
「あなたのためを思って言っているのに」
「どうして言うことが聞けないの?」
その言葉を聞くたびに、
「言うことを聞けない私は親不孝なんだ」
そう思い込んでいました。
親の過干渉で、自分の意思が分からなくなっていました
ショップでも病院でも、
誰かが私に話しかけると、
母が先に答えてしまいます。
1人で出かけようとすると、
「心配だから」
と言ってついてきました。
最初は「優しさ」だと思っていました。
でも、だんだんつらくなりました。
・自分で決めたい
・自分でやりたい
そう思っても、母が先回りして決めてしまいます。
その繰り返しで、私は
少しずつ自分の意思が
分からなくなっていきました。
やりたいことも否定され、自信を失っていきました
10代の頃、
音楽やダンス、芸術に
興味を持ったことがありました。
でも母は、
「そんなので生きていけない」
と否定しました。
私が興味を持つことよりも、
成績が良いことだけを求められました。
大学も、
学部も、
進路も、
親が決めました。
その頃からずっと、
「自分で決めるのは間違っている」
そんな感覚がありました。
完璧を求められ続け、生きづらくなっていました
母は悪いところばかり指摘しました。
「ここがダメ」
「あの時こうしていればよかった」
100点か1位でなければ認められない。
その環境の中で育ち、
私はいつも完璧を目指していました。
でも、疲れました。
就職しても長く続かず、
2年で辞めました。
再就職しようとしても、
・自信がない
・怖い
・自分には価値がない
そう感じるようになっていました。
体調も崩し、
無気力になり、
何もできない日が続きました。
母を変えるのではなく、自分を変えると決めました
どうしてもつらくて、
「このままじゃ将来がない」
そう感じて、ストレスクリアルーム
を見つけて相談しました。
最初は、
「母をどう変えればいいか」
そう考えていました。
でも竹田先生と話す中で
変えるのは母ではなく、
自分自身なんだと気づきました。
罪悪感を手放したことで、生きやすくなりました
私が最初に向き合ったのは、
母の期待に応えられない罪悪感でした。
母を悲しませることへの
後ろめたさと申し訳なさ。
そして、
「いい子でいなければいけない」
という信じ込み、その感情を
少しずつ手放していきました。
すると少しずつ、
生きづらさが和らいでいきました。
たった1回、2回でも
軽減を感じて驚きました。
自分で決められるようになり、母との距離感も変わりました
感情解放カウンセリングを受けてから、
私は午前中から動けるようになりました。
少しずつ元気が戻りました。
そして、
母と適度な距離を
取るようになりました。
自分のことを、
自分で決めるようにしました。
すると不思議なことに、
母も以前ほど干渉してこなくなりました。
今では、お互いに
ちょうどいい距離感で関われています。
竹田さんが言っていた、
「自分が変わると相手も変わる」
その意味が今なら分かります。
ずっと親の価値観の中で
生きてきた私が、今は少しずつ
自分の人生を歩けるようになっています。
カテゴリー
新着記事
過去の記事
- 2026年06月1
- 2026年05月5
- 2026年04月4
- 2026年03月4
- 2026年02月4
- 2026年01月5
- 2025年12月4
- 2025年11月4
- 2025年10月5
- 2025年09月4
- 2025年08月5
- 2025年07月4
- 2025年06月4
- 2025年05月5
- 2025年04月4
- 2025年03月4
- 2025年02月4
- 2025年01月5
- 2024年12月4
- 2024年11月5
- 2024年10月4
- 2024年09月4
- 2024年08月5
- 2024年07月4
- 2024年06月4
- 2024年05月5
- 2024年04月5
- 2024年03月5
- 2024年02月4
- 2024年01月4
- 2023年12月5
- 2023年11月4
- 2023年10月1